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トップ / 目次 / 第一部 廃棄卵編

第4話 / 全149話

廃棄推奨の卵

約4,297字

 鑑定結果は、最悪だった。

名称ひび割れ卵
種別不明
危険度なし
食用不可
素材価値低
備考廃棄推奨。ただし魔力反応あり。経過観察。

 廃棄推奨。

 見れば見るほど嫌な文字だ。

 しかも、食用不可。

 素材価値低。

 食べられもしない。

 素材にもならない。

 危険でもない。

 つまり、ただのゴミ扱いである。

 いや、違う。

 俺はゴミではない。

 元人間だ。

 今は卵だけど。

 ギルドの鑑定台の上で、俺は怒りに震えていた。

 ぶるぶる。

 鑑定士が眉をひそめる。

「ふむ……やはり魔力反応はある。しかし、分類できませんな」

 受付嬢が首をかしげる。

「魔物の卵、ということでしょうか?」

「可能性はあります。ただ、通常の魔物卵とは構造が違う。中身の反応も薄い。生きていると言えば生きているが……孵化ふかする見込みは低いでしょう」

 孵化する見込みは低い。

 地味に傷つく言葉だった。

 いや、自分でも薄々わかってはいる。

 俺は《孵化不全ふかふぜん》なんて称号を持っている。

 普通の卵ではないのだろう。

 でも他人に言われると腹が立つ。

 俺はさらに震えた。

「ほら、動いてるじゃないですか」

 ミミルが俺をかばうように言った。

 鑑定士は腕を組む。

「動くからといって、知性があるとは限りません。刺激に反応しているだけの可能性もあります」

 違う。

 めちゃくちゃ知性あります。

 今この瞬間も、あなたの発言に対してかなり具体的に腹を立てています。

 俺は、台の上で小さく跳ねようとした。

 当然、跳ねられない。

 ただ、少しだけ殻が鳴った。

 コン。

 周囲の冒険者たちが笑う。

「おい、卵が怒ってるぞ」

「割って中見てみようぜ」

「食えねえって書いてあるだろ」

「じゃあ捨てるしかねえな」

 好き勝手言いやがって。

 俺は怒りで《威嚇振動いかくしんどう》を発動しそうになった。

 だが、ここで暴れたら本当に危険物扱いされるかもしれない。

 処分。

 廃棄。

 討伐。

 どの言葉も俺にとっては死刑宣告だ。

 落ち着け。

 冷静になれ。

 今の俺が頼れるのは、ミミルだけだ。

 俺はミミルの方へ、できる限り体を傾けた。

 右に、ころり。

 いや、ころりというほど動けていない。

 ほんの少し傾いただけだ。

 それでもミミルは気づいた。

「……もしかして、私の方に来ようとしてる?」

 そうだ。

 俺は必死に震えた。

 YES。

 YESです。

 その解釈で合ってます。

 ミミルは鑑定士に向き直った。

「この子、私の言葉に反応してると思います」

「ミミルさん。あなたがそう思いたいのはわかりますが」

「思いたいだけじゃありません。森でも、この卵が牙ネズミを追い払ってくれたんです」

 鑑定士の目が少し細くなった。

「牙ネズミを?」

「はい。黒い魔力みたいなものを出して、三匹とも逃げました」

 受付嬢が驚いた顔をする。

 周囲の冒険者たちもざわついた。

「卵が牙ネズミを追い払った?」

「嘘だろ」

「ミミルの見間違いじゃないか?」

 鑑定士はもう一度、俺に水晶をかざした。

 青白い光が殻を包む。

 さっきと同じ外部鑑定だ。

 この鑑定では、俺の本当の種族名までは見抜けていない。

 だが、魔力の有無くらいはわかるらしい。

 俺はじっとしていた。

 今は下手に動かない方がいい。

 鑑定士はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。

「確かに、微量ながら竜種に似た魔力反応がありますな」

 竜種。

 その言葉に周囲がさらにざわつく。

「竜?」

「この卵が?」

「いやいや、こんな小さい竜卵があるかよ」

 俺もそう思う。

 竜の卵にしては、俺はあまりにも情けない。

 震えるしかできないし。

 鑑定士は続けた。

「ただし、竜卵と断定するには弱すぎる。魔力が混ざっているだけかもしれません。危険度は……現時点ではなし。しかし、不安定です」

 受付嬢が確認する。

「では、処分対象ではなく経過観察ですか?」

「そうですな。持ち主が責任を持って管理するなら、即時廃棄までは不要でしょう」

 即時廃棄までは不要。

 なんだそのギリギリの評価。

 だが、命は繋つながった。

 ミミルはほっとしたように胸をなで下ろした。

「じゃあ、私が預かります」

 鑑定士は少し驚いたようにミミルを見る。

「本気ですか? 価値は低い。危険性は不明。研究素材としても、安定した成果が出る保証はありませんよ」

「でも、生きてます」

「魔物かもしれません」

「それでも、今は私に助けを求めてるように見えます」

 ミミルはそう言って、俺をそっと両手で包んだ。

 俺は何も言えなかった。

 いや、口がないから言えないのは当然だ。

 だが、もし口があったとしても、たぶんすぐには言葉が出なかったと思う。

 助けを求めているように見える。

 そうだ。

 俺は助けてほしかった。

 この世界で目が覚めてから、ずっと。

 角つきウサギに食われかけた時も。

 黒い竜の血を浴びた時も。

 鑑定台で廃棄推奨と表示された時も。

 誰かに、これは生きていると認めてほしかった。

 ミミルは受付嬢に手続きを頼んだ。

「経過観察扱いで登録できますか?」

「はい。ただし、街中で異常行動があればギルドに報告してください」

「わかりました」

 受付嬢は書類に何かを書き込む。

 俺はミミルの腕の中で、ようやく少しだけ安心した。

 だが、それも長くは続かなかった。

 近くにいた大柄な冒険者が、にやにやしながら声をかけてきた。

「おいミミル。そんな割れ卵、持って帰ってどうすんだよ」

 周囲がまた笑う。

「錬金術の材料にもならねえってよ」

「落ちこぼれにはちょうどいいんじゃねえか」

「卵と一緒に腐るなよ」

 ミミルの肩が、わずかに震えた。

 俺はその時、初めて気づいた。

 ミミルも、このギルドで見下されているのだ。

 さっきまでの言葉。

 変な素材を拾ってきた。

 また失敗か。

 落ちこぼれ。

 そういう扱いに、彼女は慣れているようだった。

 俺は腹が立った。

 自分が笑われるのは嫌だ。

 だが、ミミルが笑われるのはもっと嫌だった。

 俺はミミルの腕の中で震えた。

 ぶるり。

 小さな振動だった。

 だが、黒い紋様が一瞬だけ光った。

 大柄な冒険者が眉をひそめる。

「なんだ?」

 俺はさらに震えた。

 ぶるり。

 机の上の空きジョッキが、かたかたと鳴る。

 冒険者の笑い声が少し止まった。

 ミミルが俺を見下ろす。

「エッグ……?」

 エッグ。

 名前がついた。

 いや、今さらだが、その名前で確定するのか。

 正直、もう少し格好いい名前がよかった。

 でも今は、それでもいい。

 俺はミミルの腕の中で、彼女の方へ小さく傾いた。

 守る、なんて大きなことは言えない。

 今の俺は卵だ。

 攻撃力ゼロに近い。

 動きも鈍い。

 持ち上げられたら終わり。

 それでも、俺を廃棄しなかったこの少女の味方ではありたかった。

 ミミルは少しだけ笑った。

「大丈夫。帰ろう、エッグ」

 そう言って、彼女はギルドを出た。

 外の空気は、ギルドの中よりずっと静かだった。

 街の通りには、行商人の声、荷車の音、遠くで鳴る鐘の音が混ざっている。

 ミミルは俺を抱えながら、細い路地へ入った。

「ごめんね。嫌なこと言われて」

 俺は小さく震えた。

 ミミルのせいではない。

 むしろ助かった。

 だが、それを伝える方法がない。

 ミミルはぽつりと呟つぶやく。

「私も、よく言われるから。落ちこぼれって」

 路地を抜けた先に、小さな建物があった。

 古びた木の扉。

 壁に絡まる蔦つた。

 窓辺には乾燥中の薬草。

 煙突はあるが、少し傾いている。

 看板には、薄く消えかけた文字。

 ミミル錬金工房。

「ここが私の工房。まあ、工房って言っても、ほとんど借り物なんだけど」

 ミミルは苦笑いしながら扉を開けた。

 中は散らかっていた。

 棚には瓶。

 机には紙束。

 床には薬草。

 奥には大きな釜。

 壁にはよくわからない図面。

 薬草と薬品と、少し焦げたような匂いがする。

 ミミルは机の上を慌てて片づけ、そこに柔らかい布を敷いた。

 そして、俺をそっと置いた。

「今日からここがあなたの場所ね」

 俺の場所。

 その言葉が、妙に胸に残った。

 胸はないけど。

 ミミルは椅子に座り、俺と向かい合う。

「さて」

 彼女は真剣な顔で言った。

「あなた、本当に私の言葉がわかるの?」

 わかる。

 めちゃくちゃわかる。

 俺は全力で震えた。

 ミミルは少し考えた後、紙と炭筆を取り出した。

「じゃあ、決めよう。右に揺れたら、はい。左に揺れたら、いいえ」

 おお。

 天才か。

 それなら会話できる。

 ミミルは俺の前に小さな板を置いた。

「試しに聞くね。あなたは、私の言葉がわかりますか?」

 俺は右へ揺れようとした。

 力を込める。

 ころり。

 ほんの少しだけ右に傾いた。

 ミミルの目が大きく開く。

「……わかるんだ」

 俺はさらに震えた。

 わかる。

 めちゃくちゃわかる。

 ミミルは驚きと興奮が混ざった顔で、次の質問をした。

「あなたは、魔物?」

 俺は迷った。

 種族は卵。

 魔物扱いなのかはわからない。

 でもギルドでは魔物かもしれないと言われた。

 自分のステータスにも種族ランクがある。

 たぶん、この世界では魔物側に分類されるのだろう。

 俺は右へ揺れた。

「じゃあ……私を食べる?」

 全力で左。

 食べません。

 食べられません。

 そもそも口がありません。

 ミミルはほっとしたように笑う。

「よかった」

 そして、少しだけ表情を引き締める。

「あなたは、売られたい?」

 全力で左。

 机が揺れるほど左。

 ミミルは慌てて俺を支えた。

「わかった、わかった。売らない。勝手に売ったりしないよ」

 その言葉を聞いて、俺はようやく落ち着いた。

 売られない。

 処分されない。

 少なくとも、今すぐには。

 ミミルは俺を見つめ、少し照れたように笑った。

「じゃあ改めて。私はミミル。見習い錬金術師。失敗ばっかりだけど、一応、錬金術師」

 俺は小さく震えた。

 よろしく、のつもりだった。

「あなたの名前は……ある?」

 俺は左に揺れた。

 前世の名前を名乗るべきか迷った。

 だが、口がない。

 文字も書けない。

 そもそも、今の俺はその名前で呼ばれる存在なのだろうか。

 ミミルは考え込む。

「じゃあ、やっぱりエッグでいい?」

 正直、嫌だった。

 もっとこう、竜血卵りゅうけつらんらしく、格好いい名前が欲しい。

 ダークドラゴンエッグとか。

 ブラックシェルとか。

 いや、それもそれで恥ずかしいか。

 俺は悩んだ。

 ミミルは不安そうに聞く。

「嫌?」

 俺は少しだけ左に傾きかけた。

 だが、ミミルの顔を見て止まった。

 エッグ。

 雑な名前だ。

 だが、この世界で初めて俺を生き物として呼んでくれた名前でもある。

 俺はゆっくり右に揺れた。

 ミミルの顔が明るくなる。

「よかった。よろしくね、エッグ」

 そう言って、ミミルは俺の殻をそっと撫なでた。

 頭を撫でられているのか、体を撫でられているのか、殻を磨かれているのかはわからない。

 でも、悪い気はしなかった。

 いや、かなり悪くなかった。

 俺は小さく震える。

 よろしく、ミミル。

 こうして俺は、廃棄推奨のひび割れ卵から、見習い錬金術師の工房に居候する卵になった。

 状況が良くなったのかはわからない。

 だが少なくとも、今日寝る場所はある。

 それだけで、今の俺には十分すぎるほどだった。