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トップ / 目次 / 第一部 廃棄卵編

第24話 / 全149話

素材不足の壁

約6,952字

 翌朝。

 工房の中は、いつもより少しだけ緊張していた。

 扉は仮修理。

 窓には封印札。

 外にはギルド職員。

 机の上には、洗った器具。

 棚には薬草。

 そして、奥の小箱には、俺の自然に剥はがれた殻片。

 今日は、低刺激回復薬を一本だけ作るかどうか決める日だ。

 俺は低い棚のエッグ箱の中で、自分だけに見える表示を確認した。

生命力3/3
魔力3/3
ひび割れ率42%
状態安定傾向を維持

 よし。

 今日も安定。

 ひび割れ率も増えていない。

 とりあえず、俺自身の状態は悪くない。

 ただし、だからといって何でもしていいわけではない。

 安定している時こそ、無理をしない。

 前世の俺は、体調が少し戻った瞬間に仕事を詰め込んで、結局また死にかけるタイプだった。

 いや、実際に死んだわけだが。

 笑えない。

 ミミルは俺の前にしゃがみ込んだ。

「エッグ、今日の状態は大丈夫そう?」

 右。

 大丈夫そう。

「熱はない?」

 左。

「痛みは?」

 左。

「震えも変じゃない?」

 右。

 変じゃない。

 ミミルは記録帳に書いた。

『朝』

『熱感なし』

『痛みなし』

『震え安定』

『ひびからの光なし』

『安定傾向』

『作業可否は慎重に判断』

 それから、ミミルは少し迷うように俺を見た。

「今日、低刺激回復薬を作るかどうかだけど……」

 来た。

 俺は静かに構える。

「まず、材料を確認してから決める?」

 右。

 それがいい。

「材料が足りなかったら作らない?」

 右。

「足りないからって、エッグから新しく取るのは絶対なし?」

 右。

 絶対。

 そこは迷わず右だ。

 ミミルもすぐに頷うなずく。

「うん。そこは絶対しない」

 よし。

 一番大事な線は引けている。

 今日は受付嬢が立ち会いに来ることになっている。

 ただし、製法を見るためではない。

 安全確認と、ギルド経由で一本だけ提供するための記録係だ。

 ミミルは昨日のうちに、受付嬢へそう確認していた。

 作業台の近くには立たない。

 補助材の細かい量や手順は見ない。

 完成品と本数、エッグの状態、無理な採取がないことだけ確認する。

 情報を守るためだ。

 しばらくして、受付嬢が工房へ来た。

「おはようございます。状態はどうですか?」

 ミミルが記録を見せる。

「今のところ安定しています」

 俺は籠の中で右へ小さく揺れた。

 受付嬢は近づきすぎない距離で頷いた。

「わかりました。今日は私は安全確認と記録のみです。製法の詳細には触れません」

 ありがたい。

 かなりありがたい。

 俺はまた右へ揺れた。

 受付嬢は机から少し離れた場所に立った。

「無理そうなら、すぐ中止でお願いします」

「はい」

 ミミルは深呼吸して、棚の奥から小箱を取り出した。

 小さな木箱。

 布で包んである。

 中にあるのは、俺から自然に剥がれた殻片だ。

 俺は、その箱を見るだけで少し変な気分になる。

 もう本体から離れている。

 痛みはない。

 でも、あれは確かに俺の一部だった。

 爪を切った後の爪を見ている感覚に近いのだろうか。

 いや、爪より重い。

 もっと大事なものを見ている気がする。

 ミミルは箱を開ける前に、俺を見た。

「開けてもいい?」

 右。

「見るだけで嫌なら、閉じる」

 右。

 わかってる。

 ミミルはゆっくり箱を開けた。

 中には、薄い殻片が数枚。

 大きなものはない。

 最初に剥がれた時より、ずっと少ない。

 当然だ。

 自然に剥がれたものしか入れていない。

 俺を削って増やしていないのだから。

 ミミルは一枚ずつ、布の上に置いた。

 大きさはばらばら。

 色も少し違う。

 薄く赤みを帯びたもの。

 白っぽく乾いたもの。

 端が欠けたもの。

 粉のように崩れかけたもの。

 ミミルの表情が曇った。

「……思ったより少ない」

 そう。

 少ない。

 俺も見ていてわかる。

 一本作るだけなら足りると思っていた。

 だが、使えそうな状態のものは限られている。

 ミミルは記録する。

『自然脱落殻片』

『残量少』

『大きな欠片なし』

『崩れかけあり』

『使用可否の確認必要』

 受付嬢が少し離れた場所から言った。

「残量が足りない場合は中止してください。追加採取は認められません」

「はい」

 その言葉に、俺はかなり安心した。

 ギルド側からもはっきり言ってくれるのは大事だ。

 ミミルは殻片を前にして、悩んだ。

「一本分……あるかな」

 俺はじっと殻片を見る。

 いや、見えないのだが。

 それでも、何となくわかる。

 素材としての気配。

 いつもの《素材感知》に近い感覚が、殻の内側でかすかに震えた。

 俺は無理に集中しないようにした。

 使いすぎると疲れる。

 でも、今は大事な確認だ。

《素材感知 Lv1》の使用を確認。
対象自然脱落した卵殻片
状態乾燥、反応低下
一部、薬液安定補助に使用可能
注意過度な使用は推奨されません。

 全部が使えるわけではない。

 一部だけ。

 俺は小さく震えた。

 ミミルが顔を上げる。

「どれか、気になるの?」

 右。

 気になる。

 ミミルは殻片を一枚ずつ指差す。

 ただし、直接触りすぎないよう、細い木の棒で示した。

「これ?」

 左。

「これ?」

 左。

「こっち?」

 少し迷って、右。

 それは薄く赤みが残った小さな欠片だった。

 ミミルは慎重に別の布へ移す。

「これが良さそう?」

 右。

「じゃあ、これも?」

 次に指したのは白く乾いた欠片。

 俺は迷って、左へ揺れた。

 違う。

 たぶん反応が弱い。

 ミミルはすぐに書いた。

『赤みのある小片に反応』

『白く乾いた欠片には反応薄い』

『判断は外見とエッグの反応による』

『詳細不明』

 詳細不明。

 それでいい。

 外から見える範囲と、俺の反応だけ。

 ミミルは使えそうな欠片を二枚だけ選んだ。

 だが、量は明らかに少ない。

「一本分には……少ないかも」

 出た。

 素材不足の壁。

 薬草はある。

 水もある。

 器具もある。

 でも、肝心の補助材が少ない。

 俺を削らないなら、増えない。

 当たり前だ。

 当たり前なのに、いざ目の前にすると重い。

 ミミルは黙り込んだ。

 受付嬢も何も言わない。

 俺も揺れなかった。

 ここで焦ってはいけない。

 足りないなら、作らない。

 それでいい。

 だが、ミミルはしばらく考えたあと、別の棚を見た。

「補助材を少なくして、薬自体を薄くする方法なら……」

 お。

 そう来るか。

「普通の回復薬としての効果は下がるけど、低刺激にはなるかもしれない」

 なるほど。

 強い回復ではなく、軽傷向けの弱めの薬。

 最初の試験対象は軽傷者だ。

 なら、無理に効き目を強くする必要はない。

 ただし、勝手に薄めた粗悪品にしてはいけない。

 ミミルはすぐに受付嬢を見る。

「効果を弱めた試験薬としてなら、ありですか?」

 受付嬢は即答しなかった。

 書類を確認してから言う。

「薬師ギルドへは、軽傷者向けの低刺激回復薬として提供する予定です。効果が通常より弱いなら、その点を明記する必要があります」

「はい。書きます」

「品質を偽らないなら、試験品としては可能です。ただし、ギルドで簡易確認してから渡します」

「お願いします」

 良い。

 ちゃんと確認している。

 俺は右へ揺れた。

 ミミルは俺を見る。

「効果が弱くても、一本作ってみる?」

 俺は少し考えた。

 殻片は少ない。

 使うなら二枚。

 いや、もしかしたら一枚で足りるかもしれない。

 なるべく少なくしたい。

 俺はすぐには揺れなかった。

 ミミルが少しずつ確認する。

「無理に作らない方がいい?」

 俺は迷って、左。

 作らない一択ではない。

「じゃあ、作る方向?」

 右。

「でも、殻片は少なめ?」

 右。

「二枚使う?」

 俺は迷った。

 二枚は多い。

 今ある使えそうな欠片の大半を使うことになる。

 左。

「一枚だけ?」

 右。

 そう。

 一枚だけ。

 まずはそれで試したい。

 ミミルは慎重に頷いた。

「一枚だけで、効果弱めの試験薬。駄目そうなら中止」

 右。

 それでいい。

 受付嬢は内部記録に書いた。

『自然脱落殻片一片のみ使用』

『追加採取なし』

『効果弱めの試験薬として調整』

『製造中に状態悪化があれば中止』

 よし。

 線は引けている。

 ミミルは作業を始めた。

 まず、低級薬草を細かく刻む。

 普通の回復薬より、量は少なめ。

 刺激の強い苦味草は使わない。

 代わりに、穏やかに傷を塞ぐ月露草を少し。

 水は一度沸かしてから冷ます。

 強い火にかけない。

 ゆっくり温める。

 香りは薄い。

 いつもの回復薬より、薬草臭さが少ない。

 ミミルは一つ一つ、声に出して確認した。

「薬草少量」

 書く。

「月露草、少し」

 書く。

「温度、低め」

 書く。

「補助材、一片のみ」

 ここでミミルの手が止まった。

 俺も少し緊張した。

 小さな赤みのある殻片。

 ミミルはそれを細かく砕かず、布で包んで軽く押した。

 粉にしすぎない。

 必要最小限だけ薬液に触れさせるつもりらしい。

 俺は右へ揺れた。

 いい。

 削りすぎない。

 溶かしすぎない。

 ミミルは布包みの殻片を、薬液にほんの少し沈めた。

 薄い赤みが、一瞬だけ水面に広がる。

 すぐに消えた。

 薬液の色は、淡い緑。

 通常の回復薬よりかなり薄い。

 ミミルは息を止めるように見守る。

 薬液は暴れなかった。

 泡立ちも少ない。

 嫌な魔力の揺れもない。

 俺の殻の中も、特にざわつかない。

自然脱落殻片との外部接触を確認。
生命力3/3
魔力3/3
ひび割れ率42%
状態安定傾向を維持
《魔力安定・未獲得》への適性反応が微量上昇しました。

 お。

 少し反応した。

 でも状態は変わらない。

 ひび割れ率も上がっていない。

 よし。

 今回は大丈夫そうだ。

 ミミルが小声で聞く。

「エッグ、大丈夫?」

 右。

 大丈夫。

「続けてもいい?」

 右。

 ミミルは慎重に薬液を混ぜた。

 そして、一定時間が過ぎると、布包みの殻片を取り出した。

 殻片は少し白っぽくなっていた。

 完全に溶けたわけではない。

 まだ形は残っている。

 俺はそれを見て、少し安心した。

 全部消えたら、たぶん気分が悪かった。

 ミミルもほっとしたように言う。

「まだ残ってる」

 右。

 残ってる。

 受付嬢は少し離れた位置から確認する。

「追加はしませんね?」

「しません」

 ミミルは即答した。

 いい。

 すごくいい。

 足りないから足す、ではない。

 決めた範囲で止める。

 これが大事だ。

 薬液を濾して、小瓶に入れる。

 量は一本分。

 色は淡い。

 香りも弱い。

 見た目は、頼りない。

 だが、乱れは少ない。

 ミミルは瓶を持ち上げ、少し不安そうに言った。

「できた……けど、効くかな」

 それはわからない。

 俺にもわからない。

 鑑定してもらうしかない。

 受付嬢が瓶を受け取り、布で包んだ。

「ギルドで簡易確認します。ここでは評価しません」

 そうして、俺たちはギルドへ向かった。

 今回は俺も同行する。

 保護対象の木札つき籠。

 ミミル。

 受付嬢。

 完成した試験薬一本。

 道中、ミミルはずっと瓶を気にしていた。

 俺も気になっていた。

 殻片一枚で足りたのか。

 薄すぎないか。

 逆に、何か変な反応はないか。

 ギルドの簡易鑑定室では、鑑定士が待っていた。

 瓶を受け取り、水晶の前に置く。

 淡い光が薬液を包んだ。

低刺激回復薬・試験用
品質低〜中
効果軽傷の回復補助
特徴魔力刺激が少ない
備考効果は弱いが、薬液の乱れは少ない。
試験提供向け。重傷には不向き。

 低〜中。

 効果は弱い。

 でも、魔力刺激が少ない。

 薬液の乱れも少ない。

 目的には合っている。

 ミミルは大きく息を吐いた。

「よかった……」

 俺も右へ揺れた。

 よかった。

 完璧な薬ではない。

 でも、今回必要なのは完璧ではない。

 軽傷者向け。

 低刺激。

 一本だけ。

 それなら、これでいい。

 鑑定士は静かに言った。

「通常の回復薬より効果は落ちます。ただ、刺激はかなり抑えられています。試験用としてなら妥当でしょう」

 受付嬢が記録する。

『効果弱め』

『低刺激性あり』

『試験提供可』

『重傷使用不可』

『追加製造は状態確認後』

 ギルド長もやって来た。

 鑑定結果を見て、短く頷く。

「渡していい。条件通り、一本だけだ」

 ミミルが頷く。

「はい」

 ギルド長は俺を見る。

「エッグの状態は?」

 ミミルが答える。

「作業後も、熱や震えの変化はありません」

 俺も右へ揺れた。

 大丈夫です。

 ギルド長は受付嬢へ言う。

「外部には、ミミル工房の試験薬として渡せ。補助材の詳細は伏せる。追加依頼は受けるな」

「承知しました」

 その時、俺は少しだけ安心した。

 一本。

 本当に一本で止まった。

 だが、その安心は長く続かなかった。

 受付嬢が薬師ギルドへの引き渡し準備をしている時、ギルドの広間から声が聞こえてきた。

「低刺激の薬、できたらしいぞ」

「薬師ギルドに渡すってよ」

「ミミルって見習いだろ? そんな薬作れるのか」

「例の卵が関係してるんじゃねえの?」

 まただ。

 また卵が混ざっている。

 俺は籠の中で小さく震えた。

 ミミルの顔も少し強張る。

 受付嬢はすぐに広間へ出て、落ち着いた声で言った。

「現在扱っているのは、ミミル工房の試験薬です。詳細はギルド管理下にあります。根拠のない噂を広めないように」

 根拠は少しある。

 だが、広めないでほしい。

 非常に。

 冒険者たちは気まずそうに散った。

 だが、やはり噂は消えない。

 低刺激回復薬。

 割れ物保護材。

 保護対象の卵。

 それぞれ別に管理しようとしても、人の頭の中では勝手につながる。

 これが怖い。

 ミミルは小さく呟つぶやいた。

「やっぱり、目立つね」

 俺は右とも左とも揺れなかった。

 そう。

 目立つ。

 一本だけでも目立つ。

 役に立つものは、隠しても匂いがする。

 ギルド長は俺たちに言った。

「今日はこれ以上動くな。薬はギルドが渡す。ミミルは工房へ戻って休め」

「はい」

「それと、殻片の残量は?」

 ミミルは少し言いづらそうに答えた。

「使えそうなものは、もうほとんどありません」

 ギルド長の表情がわずかに険しくなる。

「なら、次は作れないな」

「はい。少なくとも、今すぐには」

 それが現実だ。

 素材不足。

 自然脱落しか使わないなら、量は限られる。

 低刺激回復薬を求められても、割れ物保護材が評価されても、何でも大量には作れない。

 そもそも、俺を削らないという条件がある。

 その条件は絶対に動かせない。

 ギルド長は頷いた。

「なら、外にもそう伝える。継続提供はできない。次回は未定。材料と状態次第」

 右。

 それでいい。

 受付嬢も書類に追記した。

追加提供について
現時点で継続提供不可。
次回製造時期未定。
材料状態および製作者側の確認が必要。
予約、独占、先払いによる確保は不可。

 予約不可。

 独占不可。

 先払い不可。

 いい。

 かなりいい。

 金を積まれても、ないものはない。

 俺を削らないなら、素材は増えない。

 ミミルはその書類を見て、少しだけ安心したようだった。

 工房へ戻る道で、ミミルは黙っていた。

 俺も静かにしていた。

 一本の薬はできた。

 でも、素材はほとんどなくなった。

 助けたい人はいる。

 でも、次を求められても作れない。

 俺を削れば作れるかもしれない。

 だが、それはしない。

 この壁は、思ったより高い。

 工房に戻ると、ミミルは殻片の箱をもう一度出した。

 中を確認する。

 赤みのある欠片は、あと一つ。

 それも小さい。

 白く乾いたものはいくつかあるが、反応は弱い。

 粉になったものは、使えるかどうかわからない。

 ミミルは箱を閉じた。

「……素材、足りないね」

 右。

 足りない。

「エッグから取れば、作れるのかな」

 俺は震えた。

 ミミルはすぐに首を振る。

「ごめん。取らない。絶対取らない」

 右。

 わかってる。

 今のは、考えが口に出ただけだ。

 でも、その考えはたぶん、これから何度も出てくる。

 周りからも言われるかもしれない。

 少しだけ。

 自然に剥がれるのを待てないか。

 どうせ再生するのではないか。

 高値で買う。

 患者のためだ。

 善意も悪意も、同じ言葉を使ってくるかもしれない。

 ミミルは箱の上に手を置いた。

「足りないなら、別の方法を探す」

 右。

 それがいい。

「エッグの殻片じゃなくても、近い働きをする素材があるかもしれない」

 右。

 あるかもしれない。

 探す価値はある。

「薬草とか、貝殻粉とか、魔力を落ち着かせる石とか……」

 ミミルは記録帳を開き、新しいページに書いた。

『代替素材候補』

『月露草』

『白貝殻粉』

『沈静石の粉』

『低刺激樹脂』

『乾燥水苔みずごけ』

『要調査』

 代替素材。

 次の課題が決まった。

 俺の殻片を使わずに、低刺激を再現できる素材。

 それが見つかれば、俺を削らずに薬を作れる。

 ミミルも工房を続けられる。

 困っている患者も助けられる。

 もちろん、簡単ではないだろう。

 でも、方向は見えた。

 その夜。

 俺はエッグ箱の中で、ステータスを確認した。

生命力3/3
魔力3/3
ひび割れ率42%
状態安定傾向を維持
《魔力安定・未獲得》への適性反応が微量上昇しました。
《素材感知 Lv1》の熟練度が微量上昇しました。

 状態は維持。

 ひび割れ率も変わらない。

 今日はそれだけで十分だ。

 ミミルは机で代替素材候補を書き出していたが、途中で筆を止めた。

「今日はもう寝る」

 右。

 えらい。

 ちゃんと寝るのは大事。

 ミミルは布団に入る前に、俺の箱の前で小さく言った。

「エッグ、今日はありがとう。でも、次はエッグの殻片じゃない方法を探そう」

 右。

 そうしよう。

 素材不足の壁。

 それは、俺たちにとって大きな問題だった。

 でも同時に、必要な壁だったのかもしれない。

 俺を削って進む道ではなく。

 俺を守りながら進む道を探すための壁。

 低刺激回復薬は一本だけできた。

 だが、次は未定。

 その未定を埋めるために、明日から代替素材を探す。

 俺は静かに震えを止めた。

 割れないために。

 削られないために。

 そして、少しずつ役に立つために。