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トップ / 目次 / 第三部 追跡者と魔物の森編

第60話 / 全149話

追跡者の白い杭

約3,448字

枝を踏む音は。

 一つではなかった。

 右。

 左。

 少し離れて。

 後ろにも。

 囲まれている。

「みんな、家の中へ」

 ミミルが。

 小さく言った。

 角のある兎が。

 とん、と足を鳴らす。

 小さな魔物たちが動いた。

 怪我をした仲間を支え。

 崩れた家へ隠れていく。

 俺は。

 四本の腕を広げた。

 集落を囲うように。

 低く。

 木々の間から。

 白いものが見えた。

 顔。

 白い面。

 人間が三人。

 灰色の外套を着ている。

 一人が。

 地面へ何かを置いた。

 白い杭くい。

 細く。

 長い。

 先端には。

 黒い輪がはまっている。

 男が槌を振り上げた。

 こん。

 杭が。

 森の土へ打ち込まれる。

 白い光が。

 根のように走った。

 地面を伝い。

 木へ。

 草へ。

 倒れた柵へ。

 そして。

 俺へ。

 ひびの奥が。

 強く引かれた。

 あれは。

 知っている。

 捕獲具。

 あれと。

 同じ感覚だ。

「来ました」

 ミミルが。

 布に包んだ探知石を押さえる。

 布の内側から。

 赤い光が漏れていた。

「石ではありません。私たちを見つけています」

 白い光が。

 ミミルの足へ絡んだ。

 角のある兎にも。

 小さなゴブリンが触れていた木の実にも。

 違う。

 俺だけではない。

 俺に触れたものを。

 探している。

 白い面の一人が。

 もう一本の杭を抜いた。

 こん。

 二本目。

 白い光が濃くなる。

「対象を確認」

 面の奥から。

 くぐもった声がした。

「接触汚染、複数。周辺個体を回収する」

 汚染。

 ミミルが。

 俺に触れたから。

 角のある兎が。

 俺を運んだから。

 こいつらは。

 そいつらまで持っていく。

 四本の腕が。

 地面を掴んだ。

 壊せ。

 殻の内側で。

 熱が膨らむ。

 杭を。

 面を。

 人間を。

 全部。

 壊せ。

「エッグ」

 ミミルの声。

 右手が上がる。

「右です」

 右。

「守ってください」

 右。

「壊す場所は、私が示します」

 右。

 熱は。

 消えない。

 それでも。

 腕は俺のものだ。

 一本目を。

 ミミルの前へ。

 二本目を。

 角のある兎の前へ。

 三本目と四本目を。

 左右の道へ。

 白い面たちが。

 同時に走った。

 一人は。

 輪のついた縄を投げる。

 一人は。

 短い杖を向ける。

 最後の一人は。

 三本目の杭を打とうとする。

 縄が飛んだ。

 一本目の腕で。

 受ける。

 輪が。

 魔力へ食い込んだ。

 腕が引かれる。

 殻のひびまで。

 痛みが走った。

 捕獲具だ。

 同じだ。

 俺を縛った。

 あの輪と。

「引き抜かないでください!」

 ミミルが叫ぶ。

「核を探します!」

 壊すな。

 難しい注文だった。

 目の前には。

 俺を捕まえる道具がある。

 砕けば。

 終わる。

 けれど。

 それでは。

 どこから来たのか分からない。

 また来る。

 ミミルを探し。

 角のある兎を探し。

 集落を探す。

 それは。

 終わりではない。

 俺は。

 輪へ食い込んだ腕を細くした。

 引くのではなく。

 中へ。

 金属の継ぎ目へ。

 魔力を潜り込ませる。

 固い。

 痛い。

 力を入れれば。

 全部砕けそうになる。

 壊すな。

 摘まめ。

 木の実を運んだときのように。

 薬草を。

 潰さず掴んだときのように。

 魔力の先を。

 二つに分ける。

 挟む。

 輪の内側に。

 小さな硬いものがあった。

 石ではない。

 脈を打っている。

 俺は。

 それだけを摘まんだ。

 白い面の男が。

 縄を強く引く。

 腕が。

 裂ける。

 まだ。

 細く。

 もっと細く。

 黒い輪の継ぎ目から。

 白い粒が抜けた。

 爪ほどの核。

「取れました!」

 ミミルが。

 両手で受け止める。

 その瞬間。

 短い杖から。

 光が飛んだ。

 三本目の腕を。

 盾にする。

 光が当たる。

 魔力が弾けた。

 痛い。

 でも。

 殻には届かない。

 守れた。

 四本目の腕が。

 三本目の杭を打とうとした男の足元を払う。

 倒す。

 叩かない。

 地面へ押さえる。

 男が。

 腰から短剣を抜いた。

 腕が。

 勝手に締まろうとする。

 壊せ。

 骨を。

 身体を。

 敵を。

「エッグ、右です!」

 右。

 押さえるだけ。

 右。

 短剣を持つ手から。

 刃だけを奪う。

 右。

 できる。

 男を殺さなくても。

 できる。

 もう一人が。

 新しい杭を持って後ずさった。

「対象、形態変化! 四肢を確認!」

 叫びながら。

 杭の黒い輪へ触れる。

「記録を送れ! 増援を――」

 ミミルが。

 取り出した小瓶を振った。

 濁った青い薬。

「エッグ、核を押さえていてください」

 右。

 俺は。

 摘出した核を。

 二本の腕で挟んだ。

 逃がさない。

 壊さない。

 ミミルが栓を抜く。

「街で全部は試せませんでした。でも、経路は捕獲具と同じです」

 一滴。

 青い薬が。

 核へ落ちた。

 じゅっ。

 煙が上がる。

 核から白い糸が伸びた。

 一本。

 二本。

 三本。

 空中へ浮かび。

 別々の方角へ走っていく。

 最初の糸には。

 秤はかりと荷箱の印。

「商会」

 ミミルが。

 革表紙の記録帳を開く。

 炭筆を走らせる。

 二本目には。

 冠の下へ並ぶ番号札。

「貴族の管理局です。照会書にあった印と同じ」

 三本目。

 白い面。

 その下へ。

 何本もの線が伸びている。

 暗い場所。

 石の壁。

 並んだ。

 白い面。

 一つではない。

 十。

 二十。

 もっと。

 糸を通して。

 一瞬だけ見えた。

「教会……地下です」

 ミミルの手が止まる。

 白い面の男たちも。

 動きを止めた。

「見るな!」

 押さえていた男が叫ぶ。

「接続を切れ!」

 立っていた男が。

 杭を蹴り倒そうとする。

 四本目の腕で。

 足を止める。

 ミミルが。

 記録帳へ線を引く。

 商会。

 貴族の管理局。

 教会地下。

 三つは。

 別々ではなかった。

 捕獲具の核から。

 同じ白い糸で繋つながっている。

「記録しました」

 ミミルが。

 ページを破る。

 もう一枚にも。

 同じ印と経路を写す。

 一枚を薬袋へ。

 一枚を。

 集落の石の下へ。

 白い糸が。

 激しく震えた。

 向こうから。

 何かが流れてくる。

 冷たい。

 俺の殻を調べる感覚。

 ひびを数え。

 魔力を測り。

 形を記録する。

 白い面が。

 こちらを見ている。

 遠くから。

 教会の地下から。

 俺を。

「エッグ」

 ミミルが。

 俺の殻へ手を置く。

「今なら、この道を焼けます」

 右。

「杭だけではありません」

 右。

「商会も、管理局も、教会も。少なくとも、この捕獲具へ繋がる追跡経路は全部です」

 右。

「ただし、強い魔力を流せば、腕がまた暴れるかもしれません」

 四本の腕が。

 震えている。

 核を潰したい。

 杭を砕きたい。

 白い面ごと。

 向こうまで壊したい。

 でも。

 壊すのは。

 道だけだ。

 人ではない。

 俺たちへ伸びてきた。

 縄だけだ。

 ミミルが。

 右手を上げる。

「戻ってこられますか?」

 右。

 俺は。

 核を包んだ。

 四本の腕を重ねる。

 一本では。

 強すぎる。

 四本で。

 分ける。

 押さえる。

 揃える。

 魔力を。

 細い核の中へ流す。

 白い糸が。

 青く染まった。

 一本目。

 森の杭へ。

 ぼっ。

 白い杭が。

 内側から黒く焼けた。

 二本目。

 離れた森へ。

 ぼっ。

 ぼっ。

 見えない場所で。

 いくつもの音が続く。

 こんなに。

 打たれていた。

 三本目。

 もっと遠くへ。

 商会の印が。

 黒く焦げる。

 貴族の番号札が。

 ひび割れる。

 最後に。

 白い面が。

 こちらを向いた。

 暗い地下で。

 並んだすべての面が。

 俺を見る。

 殻魔獣かくまじゅう。

 四本の腕。

 ひび割れた殻。

 白い面の一つに。

 赤い文字が浮かんだ。

 形態変化。

 自律行動。

 追跡経路への干渉。

 そして。

 最後の一文字が出る前に。

 俺は。

 魔力を押し込んだ。

 白い糸が燃える。

 暗い地下へ。

 青い炎が走る。

 白い面が。

 一つずつ割れた。

 ばき。

 ばき。

 ばき。

 最後の面に。

 赤い文字だけが残る。

 意図的――

 そこで。

 砕けた。

 俺の前にあった核も。

 灰になる。

 森へ広がっていた光が。

 消えた。

 探知石の赤い光も。

 消える。

 ひびを引いていた力が。

 なくなった。

 白い面の男たちが。

 何度も杭へ触れる。

 何も起きない。

「繋がらない」

「端末が……」

「全部、落ちた」

 俺は。

 三本の腕を地面へ置いた。

 残る一本で。

 男たちが持っていた杭を集める。

 折らない。

 男たちの前へ。

 置く。

 帰れ。

 白い面の向こうから。

 返事はない。

 男たちは。

 黒く焼けた杭を拾わなかった。

 一人が仲間を支え。

 俺を見たまま。

 森へ下がる。

 走り出す。

 三人分の足音が。

 遠ざかっていく。

 追わない。

 四本の腕は。

 動かなかった。

「終わりました」

 ミミルが。

 石の下へ隠した記録を確かめる。

「少なくとも、同じ経路では、もう私たちを追えません」

 右。

「みんなを囮おとりにしなくて済みました」

 右。

 角のある兎が。

 隠れていた家から出てくる。

 白い光は。

 その身体へ戻らない。

 小さなゴブリンも。

 恐る恐る近づいてきた。

 俺の前に。

 さっきの木の実がある。

 戦いの間も。

 潰れていなかった。

 一本の腕で。

 摘まむ。

 力を入れず。

 そっと。

 小さなゴブリンへ返す。

 そいつは。

 木の実を受け取った。

 そして。

 俺の魔力の腕へ。

 小さな手を置いた。

 壊れない。

 壊さない。

 できた。

 ミミルが。

 俺のそばへ座る。

 記録帳を開く。

 三つの印が。

 白い糸で繋がれている。

 商会。

 貴族。

 教会。

 俺を素材として追ったもの。

 俺を所有しようとしたもの。

 俺を。

 地下から見ていたもの。

 全部が。

 同じ道の先にいた。

 道は焼いた。

 記録は残った。

 追跡は。

 終わった。

 けれど。

 白い面が砕ける直前。

 向こうも。

 俺を記録した。

 四本の腕で。

 自分たちの縄を。

 焼き切った卵を。

 森の奥で。

 風が吹いた。

 白い杭の灰が。

 集落の外へ散っていく。

 俺は。

 四本の腕を広げた。

 もう。

 震えていない。

追跡する側へ経路を辿り返し、長く続いた捕獲具の問題に決着をつける回でした。

四本の腕は、壊す力ではなく守り、摘まみ、繋がりを断つ力として使われ始めます。