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トップ / 目次 / 第三部 追跡者と魔物の森編

第62話 / 全149話

勇者に下された正義

約2,754字

聖剣が。

 鳴っていた。

 鞘さやの中で。

 低く。

 かすかに。

 レオンは。

 腰へ手を当てた。

「魔族ですか」

「いいえ」

 祭壇の前に立つ司祭は。

 即座に否定した。

「災害です」

 答えになっていない。

 レオンは。

 白い石床に並べられた報告書へ目を落とした。

 一枚目。

 薬草迷宮で発生した腐毒ふどく。

 汚染区域。

 負傷者。

 失われた薬草。

 二枚目。

 ヴァルム商会から提出された被害報告。

 破損した捕獲具。

 奪われた希少素材。

 逃亡を助けた錬金術師。

 三枚目。

 白い面の形をした板。

 目も。

 鼻も。

 口もない。

 それなのに。

 見られている気がした。

「対象は、卵だと聞きました」

「卵の形をした魔物です」

「種別は」

「確定していません」

「危険度は」

「現時点では、判定不能です」

 レオンは。

 司祭を見る。

「種別不明。危険度不明」

「はい」

「それを災害と断定するのですか」

 司祭は。

 報告書を一枚めくった。

「対象は、腐毒を体内へ取り込みました」

「食べた?」

「吸収したと考えられています」

「その後は」

「生存しています」

 レオンは黙った。

 迷宮の腐毒は。

 獣が舐なめただけでも死ぬ。

 人間なら。

 治療が間に合っても。

 身体の一部に障害が残る。

 それを吸収し。

 生きている。

「周辺の被害は」

「腐毒の拡散は、抑えられました」

「なら」

「対象が取り込んだからです」

 司祭の声は。

 平らだった。

「消えたのではありません。移っただけです」

 報告書の上に。

 赤い線で囲まれた記述がある。

 腐毒反応。

 形態変化。

 再構築。

「器が破損した場合、内部の腐毒が一斉に放出される可能性があります」

「可能性」

「あります」

「確認は」

「できていません」

 また。

 確認できていない。

 レオンは。

 白い面へ視線を移した。

 端末の額に。

 細い文字が浮かんでいた。

 捕獲対象。

 反応変質。

 追跡経路消失。

 その下。

 災害級移行可能性。

「これは予言ですか」

「観測結果です」

 司祭の隣にいた者が答えた。

 白い面をつけている。

 端末と。

 同じ顔だった。

 白い法衣。

 白い手袋。

 人間の形をしているのに。

 そこに人がいるように見えない。

「観測したのは何です」

「規格外反応です」

「具体的には」

「破壊後の再出現。因子の保持。形態の更新。周辺魔力への干渉」

「それで、魔王だと?」

「いいえ」

 白い面が。

 レオンへ向いた。

「魔王になる前のものです」

 聖堂が静まる。

 天井から差す朝の光が。

 聖剣の柄へ落ちた。

「魔王孵化ふか前の災害卵」

 白い面は告げた。

「それが、教会の判定です」

 レオンは。

 その言葉を頭の中で繰り返した。

 魔王。

 孵化前。

 災害卵。

 どれも。

 まだ起きていない。

「孵化する証拠は」

「孵化しない証拠もありません」

「それでは、何にでも言える」

「何にでもは言いません」

 白い面は。

 別の板を祭壇へ置いた。

 表面に。

 森の形が浮かぶ。

 一箇所だけ。

 淡い光が明滅していた。

「対象は追跡用術式を破壊しました」

「逃げたから、危険だと?」

「管理を拒絶したからです」

「同じことでは」

「違います」

 白い面の声は。

 少しも変わらない。

「安全な存在は、管理を拒みません」

 レオンの指が。

 聖剣の鍔へ触れた。

 その瞬間。

 剣が鳴った。

 先ほどより。

 強く。

 キィン。

 澄んだ音が。

 聖堂を走る。

 司祭たちが。

 一斉に聖剣を見た。

「反応しましたね」

 白い面が言う。

「魔に?」

 レオンは。

 柄を握る。

 聖剣は。

 魔族が近くにいれば熱を帯びる。

 呪いがあれば。

 刃が青く光る。

 けれど。

 これは違う。

 鳴いている。

 遠くにある何かへ。

 呼びかけるように。

「この反応は、いつからです」

「対象の位置を示した直後から」

「過去の討伐で、同じことは」

「記録にありません」

 司祭が答えた。

「魔王軍の将を斬ったときも?」

「ありません」

「古竜の眷属けんぞくは」

「ありません」

 レオンは。

 聖剣を鞘から少しだけ抜いた。

 白銀の刃に。

 細い光が走る。

 一本。

 途中で曲がり。

 枝分かれする。

 ひびのように。

 祭壇の白面端末にも。

 同じ形の光が浮かんだ。

 レオンは息を止める。

「今のは」

「対象の表層に確認された反応と一致します」

 白い面が答える。

「なぜ、聖剣と同じものがある」

「不明です」

「聖なる因子を持つ魔物なのか」

「不明です」

「教会が作ったものではないのか」

 司祭の眉が動いた。

 白い面は。

 動かなかった。

「その質問は、討伐の必要性を変えません」

「変える」

 レオンは。

 聖剣を鞘へ戻した。

 音が止む。

「聖剣が敵意ではなく、別の何かに反応しているなら」

「森には集落があります」

 白い面が遮った。

 板の光が広がる。

 小さな点が。

 災害卵とされた反応の周囲に並んだ。

「魔物の集落です」

「人里ではない」

「人里へ移動しない保証はありません」

 次の報告書。

 街道までの距離。

 近隣の村。

 川の流れ。

 腐毒が川へ入った場合の被害予測。

 数字が並ぶ。

 死者。

 汚染地。

 必要となる浄化期間。

「被害が起きてからでは遅いのです」

 司祭が言った。

「勇者とは、起きた災害へ駆けつける者ではありません」

 レオンは。

 地図を見る。

「起こさせない者です」

 それは。

 正しい。

 剣を抜くのが一日遅れ。

 村が消えたことがある。

 魔族が門を破るまで。

 敵意を疑った結果。

 子供を守れなかった騎士も知っている。

 疑うことはできる。

 迷うことも。

 だが。

 迷っている間に死ぬ者へ。

 正しかった可能性は。

 何の慰めにもならない。

「対象は、誰かを襲ったのですか」

「商会は被害を訴えています」

「命を奪ったかと聞いています」

 司祭は。

 答えなかった。

 白い面が答える。

「現時点では、確認されていません」

「なら、まず見極める」

「不要です」

「必要だ」

「不要です」

 白い面が。

 一歩近づいた。

「対象は一度、破壊されています」

 白い板に。

 卵の形が浮かぶ。

 砕ける。

 消える。

 そして。

 別の形で現れる。

「破壊は、対象を強化しました」

 形が変わる。

 殻の周囲に。

 四本の腕が伸びる。

「次も同じとは限りません」

「だからこそ、剣を振るう前に確かめる」

「次の変化が、勇者でも処理できる保証はありません」

 レオンは。

 白い面を見た。

 顔は見えない。

 恐れているのか。

 焦っているのか。

 何も分からない。

「命令は」

 司祭が。

 封蝋された羊皮紙を差し出した。

「対象の発見」

 レオンは受け取る。

「周辺状況の確認」

 封蝋を割る。

「災害発生の阻止」

 文面を読む。

「および」

 最後の一行。

「災害卵の討伐です」

 聖剣が。

 再び小さく鳴った。

 レオンは目を閉じる。

 疑問は消えない。

 むしろ。

 増えた。

 それでも。

 地図の上には村がある。

 川がある。

 まだ何も知らず。

 朝を迎えている人々がいる。

「分かりました」

 羊皮紙を畳む。

「命令を受けます」

 司祭が息を吐いた。

「ただし、現地で私が見ます」

「討伐命令です」

「分かっています」

「判断を誤れば、被害が出ます」

「だから、私が行く」

 レオンは。

 外套を翻した。

 聖堂の扉へ向かう。

 その背へ。

 白い面の声が届いた。

「勇者レオン」

 足を止める。

「対象に、迷うための時間を与えないでください」

 振り返らない。

「不良品は、世界運営に不要です」

 聖剣が。

 鞘の中で。

 もう一度。

 ひび割れるような音を立てた。

勇者レオンが、教会の正義を背負って森へ向かいます。

まだ剣は抜かれていませんが、聖剣だけは討伐とは異なる反応を示しました。