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トップ / 目次 / 第三部 追跡者と魔物の森編

第64話 / 全149話

正義が振り下ろされる

約2,995字

白く燃えたひびが。

 聖剣の光を呼んだ。

 逆かもしれない。

 聖剣が。

 俺のひびを呼んでいる。

「下がれ!」

 レオンが踏み込む。

 速い。

 白銀の刃が。

 黒い魔力腕まりょくわんへ振り下ろされた。

 受ける。

 一本。

 二本。

 重ねて。

 止め――。

 られなかった。

 光が走る。

 魔力腕が。

 音もなく切れた。

 切断された先端が地面へ落ちる前に。

 白い粒になって消える。

 腐毒ふどくも。

 腕の表面を這っていた黒い毒も。

 光に触れた場所から消えていった。

 熱くない。

 冷たくもない。

 ただ。

 そこにあった俺の力だけが。

 なかったことにされる。

 何だ、それ。

 反則だろ。

 レオンが剣を返す。

 二撃目。

 残った腕を地面へ突き立てる。

 体を引く。

 刃が殻を掠かすめた。

 白い線が走る。

 ひび割れ率:41%

 一撃。

 掠っただけで。

 六%。

 終わってる。

「エッグ!」

 ミミルが駆け寄ろうとする。

 駄目だ。

 腕を伸ばす。

 ミミルの足元へ。

 来るな、とは、伝えられない。

 右でも左でもない。

 俺たちが決めた、あの合図。

 地面を二度。

 叩く。

 俺は、まだ、ここにいる。

 ミミルの足が止まった。

「……分かりました」

 声が震えている。

「でも、置いてはいきません」

 知ってる。

 だから困る。

 杭くいが脈打つ。

 赤い光が地面を走るたび。

 拘束していた角兎つのうさぎが暴れた。

 魔力腕へ牙が食い込む。

 ゴブリンが。

 隣のスライムを踏み潰そうと棍棒を上げる。

 止めないと。

 けれど。

 レオンがいる。

「なぜ反撃しない」

 剣を向けたまま。

 レオンが問う。

 してる。

 必死に。

 お前じゃなく。

 杭に。

 腕を一本。

 地面すれすれに伸ばす。

 レオンの横を抜けて。

 白い面が握る杭へ。

 白い面が指を動かした。

 杭の根元から。

 赤い膜が立ち上がる。

 腕が弾かれた。

「対象、侵食行動を継続」

「これは侵食ではない!」

 ミミルが叫ぶ。

「あの杭を狙っています! 狂化は、あの人が――」

「災害個体の庇護下にある者の証言は、判定に含まれません」

 白い面。

 こいつ。

 最初から。

 何をしても俺のせいにするつもりだ。

 腹の奥が。

 熱くなる。

 魔力腕が膨らんだ。

 黒い表面に。

 腐毒が泡立つ。

 レオンが息を呑む。

 怖がった。

 分かった。

 剣の握りが。

 わずかに強くなったから。

 俺は。

 こいつを殺せるだろうか。

 四本全部なら。

 聖剣を一本で受ける。

 もう一本で足を払う。

 残りを。

 首と胸へ。

 腐毒を流せば。

 人間は脆い。

 殻より。

 ずっと。

 殺せる。

 そう思った瞬間。

 腕が。

 勝手に動いた。

 レオンへ。

 速い。

 さっきまでより。

 ずっと。

「エッグ、駄目!」

 ミミルの声。

 黒い腕が。

 レオンの頬を掠める。

 血が一筋。

 浮かんだ。

 腕の先が開く。

 掴め。

 潰せ。

 邪魔をするものを。

 壊せ。

 頭の中に。

 俺ではない命令が響く。

 いや。

 俺の中から出た命令だ。

 生きたい。

 守りたい。

 そのために。

 殺せ。

 レオンが聖剣を振り上げる。

 白い光が。

 俺の視界を埋めた。

 腕を。

 曲げる。

 レオンの首の手前で。

 無理やり。

 曲げた。

 魔力腕は聖剣の脇を抜け。

 その後ろへ伸びる。

 白い面が。

 こちらを向いた。

 初めて。

 面の奥の目が見えた。

 驚いていた。

 腕は白い面にも触れない。

 さらに横。

 地面へ。

 探知杭を掴んだ。

「――何?」

 引く。

 杭が地面に食い込んでいる。

 赤い根が。

 土の下へ伸びている。

 引き抜けない。

 なら。

 砕く。

 腐毒を流す。

 赤い膜が。

 俺の毒を吸う。

 また集落へ流そうとする。

 させるか。

 もっと。

 毒も。

 魔力も。

 全部。

 腕の中へ押し込む。

 ひびが広がる。

 ひび割れ率:47%

 赤い光と。

 黒い毒がぶつかる。

 腕が膨れる。

 制御が。

 外れる。

 杭だけじゃない。

 白い面も。

 地面も。

 全部まとめて叩き潰せと。

 腕が震える。

「戻って、エッグ!」

 ミミル。

 分かってる。

 戻る。

 俺は。

 そっちへ戻る。

 地面を二度。

 叩く。

 新しい合図を。

 腕自身に。

 思い出させる。

 守る。

 殺すんじゃない。

 守る。

 腕の先を細くする。

 杭だけを巻く。

 赤い根の間へ。

 毒をねじ込む。

 一本。

 二本。

 内部の光る線が切れる。

 白い面が手を伸ばした。

「停止しろ」

 遅い。

 探知杭が。

 砕けた。

 赤い光が消える。

 森の咆哮ほうこうが。

 一瞬だけ止まった。

 レオンの聖剣も。

 俺の殻のひびも。

 白く鳴った。

 同じ音だった。

 だが。

 狂化した魔物たちは止まらない。

 杭の光が消えても。

 血走った目は戻らない。

 ゴブリンが棍棒を振り下ろす。

 スライムへ。

 間に腕を入れる。

 棍棒を受ける。

 折らない。

 奪う。

 もう一本で。

 ゴブリンの胴を巻く。

 締めすぎるな。

 骨が折れる。

 角兎が噛みつく。

 腕で包む。

 爪も。

 牙も。

 外へ向かないように。

 コボルトが走る。

 足を掬すくう。

 倒れる前に。

 別の腕で受け止める。

 忙しい。

 四本じゃ足りない。

 俺は卵だぞ。

 何で卵が。

 暴れる魔物を全員押さえてるんだ。

 でも。

 離せない。

 俺が離したら。

 こいつらが傷つく。

 魔力腕の表面を。

 爪が裂く。

 牙が削る。

 棍棒が何度も叩く。

 反撃するな。

 毒を流すな。

 締めるな。

 ただ。

 押さえろ。

「……殺さないのか」

 レオンの声がした。

 聖剣は。

 まだ俺へ向いている。

 だが。

 さっきより。

 低い。

「それだけの力がありながら」

 角兎が暴れる。

 包む腕を。

 少し緩める。

 苦しくないように。

「私も殺せた」

 そうだ。

 たぶん。

「案内役も」

 そうだ。

「それでも、杭だけを壊した」

 右へ。

 傾く余裕はない。

 だから。

 地面を一度叩く。

 肯定。

 レオンが白い面を見る。

「狂化は卵の力ではない」

「災害個体による認識誘導の可能性があります」

「なら、なぜ自分が傷ついてまで魔物を拘束する」

「支配下の資源を保全しているものと判断します」

 資源。

 その言葉。

 嫌いだ。

 俺も。

 ミミルも。

 ここにいる皆も。

 誰かが数えるための素材じゃない。

 腕がまた膨らむ。

 怒るな。

 怒ったら。

 こいつらを潰す。

 ミミルが。

 俺の殻へ手を置いた。

「大丈夫です」

 柔らかい声。

「エッグは、戻れます」

 そうだ。

 戻れる。

 ひびの奥の熱が。

 少しだけ下がった。

 レオンが剣を下ろした。

「この卵に、殺意はない」

 白い面へ。

 はっきりと告げる。

「少なくとも、今ここで討つべき災害ではない」

「勇者レオン」

「討伐命令は保留する。杭と、この集落で行われた術式を調べる」

 白い面は。

 黙った。

 怒りもしない。

 困りもしない。

 ただ。

 割れた探知杭を見下ろした。

「現地判断の逸脱を確認」

 平らな声。

「対象との精神汚染が疑われます」

「何だと」

「案内任務を終了します」

 白い面が。

 両手を地面へ向けた。

 割れた杭の下で。

 何かが光った。

 残っていた赤い根。

 違う。

 根じゃない。

 線だ。

 集落の外へ。

 森の奥へ。

 四方へ伸びている。

「レオン!」

 ミミルが叫ぶ。

 レオンが聖剣を振るう。

 白い斬撃が地面を裂いた。

 だが。

 線は消えない。

 土より深い場所で。

 光が繋つながる。

 集落を囲んで。

 輪になる。

「封印結界、閉鎖」

 白い面が告げた。

 空が。

 暗くなった。

 見上げる。

 透明な壁が。

 森の上から降りてくる。

 壁じゃない。

 天井だ。

 集落全体を覆う。

 巨大な蓋ふた。

 木々が触れる。

 太い枝が。

 音を立てて折れた。

 地面が沈む。

 廃屋の屋根が軋きしむ。

 スライムたちが潰れかける。

 拘束していた魔物を。

 腕ごと地面へ伏せさせる。

 庇う。

 でも。

 上から。

 全部が落ちてくる。

「解除しろ!」

 レオンが白い面へ剣を向けた。

「この中には、戦えない者もいる!」

「接触個体は全て封印対象です」

「彼らは何もしていない!」

「魔王性反応との接触を確認しています」

 天井が。

 また下がる。

 殻に。

 重さがかかる。

 ひび割れ率:49%

 聖剣で斬られた時より。

 集落を庇う今の方が。

 ずっと。

 重い。

 レオンが俺を見た。

 俺も。

 レオンを見る。

 さっきまで。

 殺し合っていた。

 今も。

 味方かどうかは分からない。

 正しい人間なのかも。

 知らない。

 けれど。

 あいつの剣は。

 もう俺ではなく。

 空を押し潰す光へ向いていた。

 俺は四本の腕を。

 天井へ伸ばした。

正義の剣と、守るための腕が衝突しました。

互いの敵意が消えきらないまま、今度は同じ脅威へ向き合います。