第四部 親権戦争編
第67話 / 全149話
聖痕卵の旅立ち
森を出て。
少し進んだところで。
俺たちは止まった。
正確には。
俺が止めた。
ミミルの腕を。
金色の光で。
とん。
とん。
「どうしました?」
俺は。
布の隙間から。
自分の殻を見た。
白い殻。
そこを走る。
金色のひび。
四本の光の腕。
見た目だけなら。
前より神々しい。
見た目だけなら。
俺は。
ステータスを開いた。
聖痕卵。
間違いない。
殻魔獣ではない。
あれは。
聖剣で砕ける前の俺だ。
太い魔力腕も。
敵を壊したくなる衝動も。
あの殻の中にあった。
今の俺は。
砕けた殻片と。
記憶殻と。
聖剣の光から。
組み直された。
前の姿から。
枝分かれしたわけではない。
名前だけ変わったわけでもない。
殻魔獣が壊れ。
聖痕卵へ。
生まれ直した。
ただし。
《魔力腕 Lv2》
これは残っている。
四本とも。
細くなって。
金色になって。
かなり頼りなくなったが。
前の俺が。
全部消えたわけではないらしい。
少し。
安心した。
かなり。
不安にもなった。
ひび割れ率。
四十三パーセント。
生まれ直した直後にしては。
高すぎる。
「エッグ。何か変なのですね?」
右へ傾く。
「痛みがありますか?」
左。
「力が使いにくい?」
少し考えて。
右。
ミミルは。
俺を地面へ下ろした。
苔の上だった。
柔らかい。
ありがたい。
「試してみましょう。ただし、少しずつです」
右。
俺は。
四本の光の腕を広げた。
前の腕より。
ずっと細い。
一本を。
地面へつく。
持ち上げる。
俺の体が。
少し浮いた。
次の瞬間。
ぐにゃり。
腕が曲がった。
ごとん。
苔へ落ちる。
痛くはない。
心が痛い。
「前より細いな」
レオンが言った。
知ってる。
「だが、動かし方は同じに見える」
俺は。
四本の腕で。
地面を叩いた。
ぺし。
ぺし。
ぺし。
ぺし。
攻撃力は。
なさそうだった。
角兎が近づいてくる。
鼻先で。
一本をつついた。
光の腕が。
ぐにゃりと曲がる。
角兎は。
もう一度つついた。
やめろ。
これは。
おもちゃではない。
たぶん。
「他にも、何かできそうですか?」
できそうだ。
名前だけなら。
俺は。
体の内側へ意識を向けた。
新しく増えた。
三つの感覚。
一つ目を。
外へ押し出す。
金色のひびが。
淡く光った。
俺を中心に。
薄い光が広がる。
半球状の膜が。
ミミルと。
角兎と。
近くのスライムを包んだ。
「結界……?」
レオンが。
鞘ごと聖剣を持ち上げた。
「触れてもいいか」
右。
鞘の先が。
光の膜へ触れる。
こん。
軽い音。
膜は。
少しへこんだ。
割れない。
レオンが力を強める。
こん。
今度は。
俺の魔力が。
ごっそり減った。
結界も消えた。
早い。
俺の新しい守り。
二回で終わった。
「無理をさせた」
レオンが。
すぐに剣を下げる。
いや。
分かったことはある。
弱い攻撃なら。
仲間ごと守れる。
強い攻撃なら。
すぐに俺が空になる。
前より。
守る範囲は広い。
前より。
燃費が悪い。
世の中。
うまくできている。
「魔力を戻す薬を使います」
ミミルが。
鞄から小瓶を出す。
薄い青色。
五号薬。
ただし。
未完成。
「量は、ごく少なくしますね」
俺のひびへ。
一滴。
薬液が入る。
魔力が。
じわりと戻った。
それと同時に。
殻の奥で。
何かが弾けた。
熱い。
聖剣の光に似た力と。
前から残っていた腐毒が。
殻の中でぶつかる。
混ざらない。
押し合う。
逃げ場を探す。
まずい。
俺は。
慌ててミミルから離れた。
ころ。
ころ。
ころ。
「エッグ?」
四本の腕で。
全員を下がらせる。
そして。
殻の下から。
黒っぽい液体が。
少し出た。
…………。
見ないでほしい。
これは。
仕方のないものだ。
生理現象だ。
たぶん。
スライムが。
興味深そうに近づいた。
来るな。
絶対に食べるな。
俺は光の腕で。
スライムを持ち上げた。
軽い。
今の腕でも。
スライムなら運べる。
「触らないでください」
ミミルの声が変わった。
柔らかいが。
鋭い。
皆が止まる。
ミミルは布を巻いた棒で。
黒い液体の近くへ。
乾いた葉を置いた。
葉の端が。
黒く変色する。
「腐毒が残っています」
「それだけではない」
レオンが。
手首を押さえた。
服の下から。
薄い光が漏れていた。
「教会の追跡印が反応した」
ミミルが。
黒い液体を見る。
「エッグと同じ魔力が、これにも残っているのですね」
俺も。
排出物へ意識を向けた。
分かる。
弱いが。
俺と同じ揺れ方をしている。
森に残っていた。
捕獲具の欠片。
あれが反応したときに。
少し似ていた。
嫌な感じだ。
目印になる。
俺が移動しても。
これは。
ここに残る。
「埋めるだけでは危険です」
ミミルは。
小瓶を二本取り出した。
薬液を混ぜ。
黒い液体へ落とす。
白い泡。
腐毒の匂いは。
少し弱くなった。
けれど。
魔力の揺れは消えない。
「毒性は下げられます。でも、魔力の痕跡が残ります」
「燃やせばどうだ」
「煙に混ざれば、広がるかもしれません」
「聖剣で消すことは」
「エッグの中で反発した力です。近づける前に確かめたいです」
正しい。
俺の排出物で。
聖剣が暴走。
そんな死に方は。
嫌すぎる。
「持ち運ぶ容器も要ります」
ミミルは。
厚い布と。
空の薬瓶を重ねた。
光の腕で。
俺も手伝う。
触れないように。
布の端を持つ。
レオンが土を削り。
その上から包む。
角兎とスライムたちは。
離れた場所で待っている。
やがて。
黒い液体は。
三重の布と。
薬瓶の中へ収まった。
「処理法を完成させるまで、これは封じて運びます」
俺の。
あれを。
持ち運ぶ。
申し訳ない。
非常に。
申し訳ない。
だが。
その辺へ残して。
追手に道を教えるよりはいい。
俺は。
深く傾いた。
「謝らなくていいのですよ」
ばれていた。
「エッグが悪いのではありません。新しい力と、残っている腐毒が馴染んでいないのでしょう」
新しい力。
残っているもの。
前の俺は。
消えていない。
けれど。
今の俺は。
前と同じでもない。
面倒な体だ。
俺らしい気もする。
「ここには長くいられないな」
レオンが。
手首の布を解いた。
そこには。
淡い輪のような印があった。
胸から外した。
勇者の印とは違う。
皮膚へ。
直接刻まれている。
「勇者になったとき、与えられた。任務中の行方を見失わないためだと聞いていた」
「消せないのですか?」
「教会なら消せる。俺には無理だ」
レオンが。
自分の手首を握る。
「今までは弱い反応だった。だが、あれに反応した。近くまで来れば、追手は俺とエッグを同時に探せる」
俺だけではなかった。
レオンも。
歩く目印だ。
俺は。
さっき包んだ瓶を見る。
俺は。
歩かない目印まで作る。
負けた。
いや。
何の勝負だ。
「集落へ戻るのは駄目ですね」
ミミルが言った。
誰も。
反対しなかった。
弱い魔物たちがいる。
結界で傷ついた者もいる。
また追手が来れば。
今度こそ。
守り切れないかもしれない。
「街道へ出るのも危険だ」
「町の工房も使えません」
「追跡印から離れて調べられる場所が必要だな」
「水場と、屋根と、炉も必要です」
ミミルが。
鞄から地図を出した。
手書きの。
古い地図だった。
森。
街道。
川。
その端に。
小さな印がある。
「森の外れに、使われていない村があります」
「廃村か」
「はい。昔、薬草の病気で畑が駄目になり、人が移ったそうです。古い共同炉が残っているかもしれません」
ミミルの指が。
地図の印を叩く。
「そこで五号薬を完成させます」
未完成の薬。
俺から離れると。
効果が変わるかもしれない薬。
森の素材が効いたのか。
俺の殻が変えたのか。
魔力嵐の後だったからなのか。
まだ。
何も決まっていない。
「エッグとの距離を変えて試します。材料も一つずつ分けます。あの排出物を安全に処理する方法も探します」
右へ傾く。
「危険だぞ」
レオンが言った。
「だから必要なのです」
ミミルは。
地図を畳んだ。
「誰かに追われるたび、何もかも捨てて逃げるだけでは、いつか行き止まりになります」
静かな声だった。
けれど。
強かった。
「エッグの体に何が起きているのか、分からないままにはしません」
俺は。
ミミルを見る。
正確には。
声の方へ。
殻を向ける。
「そこを、次の臨時工房にします」
決まった。
誰かに言われたからではない。
教会が決めた場所でも。
商会が決めた場所でもない。
俺たちが。
次に行く場所を決めた。
ミミルが。
俺を抱き上げようとする。
その手が。
布の下へ入る前に。
俺は。
光の腕で。
そっと止めた。
「エッグ?」
地面を見る。
森の土は。
ここから先。
少しずつ固くなる。
石もある。
坂もある。
俺は。
卵だ。
運んでもらった方が。
速い。
安全だ。
楽だ。
でも。
仲間として行くなら。
最初の一歩くらい。
自分で決めたい。
俺は。
前へ傾いた。
ころ。
殻が回る。
金色のひびが。
朝の光を弾く。
ころ。
もう一度。
少し曲がった。
修正する。
ころ。
今度は。
廃村の方角へ。
「そちらで合っています」
ミミルが。
隣へ並んだ。
角兎が。
先へ跳ぶ。
スライムたちが。
後ろからついてくる。
レオンも。
歩き出した。
誰かに拾われたから。
進むのではない。
誰かに運ばれるから。
ついていくのでもない。
俺が。
ここへ行くと決めた。
聖痕卵として。
前の殻から残った力も。
新しく得た光も。
面倒な腐毒も。
全部。
俺の中にある。
ころ。
石にぶつかった。
止まった。
…………。
光の腕を。
四本出す。
石を越える。
一本が滑る。
横へ倒れる。
ミミルが。
すぐに支えてくれた。
「少しだけ、お手伝いしても?」
俺は。
右へ揺れた。
自分で進むことと。
一人で進むことは。
同じではない。
俺たちは。
森の外れの廃村へ向かった。
追手より先に。
俺たちの次の居場所を。
俺たちで作るために。
聖剣による死と《殻継転生》を境に、《殻魔獣》から《聖痕卵》へ種族そのものが置き換わりました。
前形態の《魔力腕》は、細い金色の光として一部継承されています。