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トップ / 目次 / 第四部 親権戦争編

第73話 / 全149話

卵に所有者はいない

約4,404字

三日後。

 俺は。

 長い机の真ん中にいた。

 正確には。

 机の上の。

 丸い台の上。

 逃げないように。

 縁が少し高くなっている。

 檻おりではない。

 たぶん。

 転がりにくい皿だ。

 扱いが。

 卵。

 いや。

 卵なのだが。

「対象の配置を確認しました」

 議長らしい老人が言った。

 対象。

 もう嫌な予感がする。

 右側に。

 聖女アリアと教会の神官たち。

 左側に。

 冒険者ギルドの職員。

 その隣に。

 青い服の貴族。

 向かい側には。

 二本角の魔族。

 少し離れた窓際に。

 長い耳のエルフ。

 そして。

 俺の後ろに。

 ミミル。

 レオン。

 角兎つのうさぎ。

 角兎は。

 室内なのに土を掘ろうとしていた。

 やめろ。

 床が高そうだ。

「審議を始めます」

 老人が書類を広げた。

「議題は、聖属性と腐毒ふどくを併せ持つ特殊個体の所有権、管理権、および移送先について」

 全部。

 俺抜きで決める言葉だった。

「最初に教会から」

 アリアが立つ。

「教会は所有を求めません」

 少し。

 安心した。

「ただし、聖別封護器による保護を求めます。力の性質が判明するまで、対象を封印下へ置くべきです」

 安心を返せ。

「内部からは出られないと聞いています」

 ミミルが言った。

「外部の呪詛じゅそや探知から守るためです」

「期間は」

「安全が確認されるまで」

 それ。

 いつだ。

 レオンが。

 外套の内側へ手を入れた。

 薄い帳簿。

 表紙に。

 白い仮面の印。

 出すのか。

 ここで。

 ミミルの指が。

 その手首へ触れた。

「三日前と同じです」

 小さな声だった。

 三日前。

 回収所で。

 レオンは全部言った。

 記録ごと消された集落。

 白い面の神官。

 俺を殺して。

 再生を観測したこと。

 アリアの答えは。

 私情。

「証言が私情として退けられたのなら、裏口から持ち出した帳簿は、もっと軽く扱われます」

 割った錠。

 鳴った鐘。

 そのとおりだった。

「それに、あの印が誰を指すのかは、まだ分かりません」

 白い仮面。

 教会の中の。

 誰か。

 でも。

 誰かは。

 分からない。

「教会そのものを疑えば、聖女様まで向こう側になります」

 封護を求めた人。

 でも。

 所有は求めなかった人。

「それに、あの帳簿は聖女様も見ています」

 見た。

 そのうえで。

 渡せと言った。

 そして。

 今日は。

 一度も。

 その話をしていない。

「渡せと言った方が、この場で自分から出さないのです」

 ミミルの声が。

 少しだけ低くなる。

「先に持ち出す理由が、こちらにもありません」

 教会の中に。

 教会の知らない系統がある。

 それを。

 最初に。

 公の場へ出すのは。

 俺たちではない。

「今日決まるのは、エッグを誰のものにするかです」

 ミミルは。

 帳簿を押し戻した。

「争う相手を増やせば、危険物として扱う案が通ります」

 レオンは。

 しばらく動かなかった。

 それから。

 手を戻した。

「……順番か」

「はい」

 まだ出さない。

 出すのは。

 あの印が。

 誰なのか。

 分かってからだ。

「次に、貴族連盟」

 青い服の男が立った。

「危険性は、適切な主人がいないことに由来する」

 出た。

 主人。

「希少従魔として正式に登録し、設備と人員を備えた家が所有する。これが最も現実的でしょう。保護費用も我々が負担します」

「見返りは」

 レオンが聞く。

「従魔としての奉仕です。当然でしょう」

 当然ではない。

「薬の補助、魔力災害の鎮静、希少素材の生成。能力に応じて役割を与えます」

 素材の生成。

 殻を見ながら言うな。

「冒険者ギルドは」

 ギルド職員が。

 分厚い規約を机へ置いた。

「所有権を主張しません。ただし危険物として、移動、能力使用、素材の譲渡を管理対象とします」

 所有はしない。

 全部管理する。

 違いが。

 難しい。

「管理命令へ従わない場合は?」

 ミミルが聞いた。

「緊急拘束の対象です」

 だいたい同じだった。

「魔族側」

 二本角の男が。

 椅子へ座ったまま笑った。

「こいつは竜血と魔の因子を持つ。人間どもの倉へ仕舞うには惜しい」

 こいつ。

 呼び方は雑だが。

 対象よりは少しましだ。

「我らの地へ連れていく。次代の王となるなら育てる。ならぬとしても、力を引き出す術は人間より知っている」

「本人が王になることを望まなければ」

 ミミルが言う。

「力を持つ者の望みなど、力を知ってから決めればよい」

 つまり。

 連れていくのが先。

 最後に。

 エルフの女が口を開いた。

「世界樹の根に、これと同じ傷が現れています」

 室内が。

 静かになった。

「この卵は森の傷に触れた。汚染を運んでいるのか、傷を映しているのか、調べなければなりません。世界樹まで同行を求めます」

 同行。

 少なくとも。

 所有とは言わなかった。

「検査を拒んだ場合は」

 レオンが聞く。

「森へ入れません」

「既に森の傷と繋つながっていたら?」

「隔離します」

 やはり。

 完全に自由ではない。

 老人が。

 全員の意見を書き留める。

「対象は発声能力を持たないと聞いています」

「はい」

 アリアが答えた。

「ゆえに、危険を理解し、自らの処遇を判断する能力があるとは認められません」

「異議があります」

 ミミルが。

 鞄から三冊の帳面を取り出した。

 古いものは。

 端が薬液で変色している。

「従魔登録を行った日から、エッグとの確認を記録しています」

 帳面が開かれた。

 日付。

 場所。

 質問。

 俺の動いた方向。

 右。

 左。

 右が肯定。

 左が否定。

 最初は。

 餌を食べるか。

 眠るか。

 痛いか。

 そんな質問だった。

「同じ質問を、言葉の順序を変えて行っています」

 ミミルが。

 二つの記録を並べる。

『薬草汁を飲みますか』

 左。

『薬草汁を飲まないでおきますか』

 右。

 苦かったからな。

「単純に右へ寄る習性ではありません。肯定と否定の意味を区別しています」

 次の頁。

『殻片を渡してもよいですか』

 左。

『自然に落ちたものだけなら使ってもよいですか』

 右。

『いま使いますか』

 左。

『保管しますか』

 右。

 その次。

『ここに残りますか』

 左。

『森へ行きますか』

 右。

 ずっと。

 残っていた。

 俺が忘れたことまで。

 ミミルの字で。

「選択は状況によって変化しています。痛みがあるとき。仲間が危険なとき。記憶を失った後。エッグは質問を理解し、その時点で判断しています」

 貴族の男が。

 鼻で笑った。

「飼育者の合図へ反応するよう訓練しただけでは?」

 飼育者。

 ミミルの指が。

 帳面の端を強く押さえた。

「では、私の望みと逆の答えを選んだ記録を」

 別の頁が開かれる。

『動かず休んでください』

 左。

『あの子を助けに行きますか』

 右。

 やめろ。

 そこを出すな。

 俺が。

 言うことを聞かない卵みたいではないか。

 いや。

 聞かなかった。

「私は止めました。それでもエッグは、自分で危険な方を選びました」

「命令へ従えない証拠にしかならない」

 ギルド職員が言った。

「危険物なら、なおさら管理が必要です」

 右でも駄目。

 左でも駄目。

 従えば。

 判断できない。

 逆らえば。

 危険。

 卵に。

 勝ち目がない。

「俺からも証言する」

 レオンが立った。

 白銀の聖剣を。

 鞘さやごと机へ置く。

「教会の命令で、俺はエッグを討とうとした」

 アリアが。

 わずかに目を伏せた。

「戦いの最中、聖剣は俺の制御を離れて反応した。だが、最初に剣へ触れようとしたのはエッグだ」

「攻撃と誤認した可能性は」

「ない」

 レオンは。

 迷わなかった。

「俺は剣を向けていた。エッグは逃げることも、俺を攻撃することもできた。それでも、聖剣の異常を止めるため、自分から刃の前へ出た」

 あれは。

 痛かった。

 とても。

 痛かった。

「剣が何を起こすか、すべて理解していたとは言わない。俺にも分からなかった。だが、分からない中で選んだ。それを判断と呼ばないなら、人間の決断のほとんども判断ではなくなる」

 誰も。

 すぐには返さなかった。

 魔族の男が。

 机を指で叩く。

「意思がある。それで?」

 低い音が響いた。

「子にも意思はある。弱者にも意思はある。だから強者の庇護が不要になるわけではない」

「庇護を選ぶかも、本人へ聞くべきです」

 ミミルが答えた。

「右か左かでか?」

 男が笑う。

「五つの勢力から選ばせるには、足りぬな」

 それは。

 少し思った。

 俺は。

 右と左しかない。

 五択に弱い。

 老人が咳払いをした。

「意思能力については、一定の証拠があると認めます。しかし、各勢力は保護契約の締結を求めています。対象が各条件へどう応じるか、確認を」

 神官が。

 小さな銀板を出した。

 貴族が。

 青い石の印章を出した。

 ギルド職員が。

 鉄の札を出した。

 魔族が。

 黒い骨片を出した。

 エルフが。

 緑の蔓で編んだ輪を出した。

 五つ。

 全部から。

 魔力が伸びた。

「待ってください」

 ミミルが声を上げる。

「同時に契約印を向けるなんて――」

 光が。

 俺の殻へ触れた。

 冷たい。

 重い。

 内側へ。

 何かを書き込もうとしてくる。

 封じる。

 従わせる。

 記録する。

 引き出す。

 縛る。

 言葉は違う。

 だが。

 全部。

 俺より先に。

 俺の扱いを決めていた。

 嫌だ。

 殻の聖痕が。

 熱くなる。

 入ってきた光が。

 ひびを巡る。

 押し返せる。

 そう分かった。

《聖痕反射せいこんはんしゃ》。

 俺は。

 全部を。

 返した。

 銀板が弾けた。

 青い石に亀裂が入った。

 鉄札が机へめり込んだ。

 黒い骨片が魔族の手から飛んだ。

 蔓の輪がほどけ。

 床いっぱいに若葉を散らした。

「なっ――」

 貴族が椅子を蹴った。

 神官たちが。

 一斉に俺へ手を向ける。

「やめてください!」

 アリアの声が飛んだ。

「攻撃ではありません」

 彼女は。

 割れた銀板を見た。

「私たちが刻もうとした印だけが、返されています」

 静かになった。

 俺は。

 台の上で揺れた。

 一つずつ。

 銀板へ。

 左。

 青い石へ。

 左。

 鉄札へ。

 左。

 黒い骨片へ。

 左。

 蔓の輪へ。

 左。

 全部。

 嫌だ。

「全て拒否、ですか」

 老人が呟つぶやく。

 そうだ。

 今度は。

 どこへ行くか。

 それを決める。

 俺は台の縁を越えた。

 落ちる。

 少し痛い。

 だが。

 止まらない。

 教会の側を通り過ぎる。

 貴族の側も。

 ギルドの札も。

 魔族の黒い骨片も。

 そして。

 床に散った若葉の前で止まった。

 エルフの女を見る。

「世界樹へ、来るのですか」

 右へ。

 転がった。

「検査を受け入れると?」

 少し考える。

 右。

「世界樹の所有物になるという意味ではありません」

 左。

 強く。

 左。

 エルフの女が。

 初めて少しだけ笑った。

「理解しました。同行者として迎えます」

 俺は右へ揺れた。

 行き先は選ぶ。

 誰と行くかも選ぶ。

 だからといって。

 誰かのものになるわけではない。

 老人は。

 長い間。

 沈黙していた。

 やがて。

 書類の最初の行へ線を引いた。

 所有権。

 その文字が。

 消される。

「本評議は、対象を所有可能な物品、従魔、危険物のいずれにも確定しません」

 確定しない。

 嫌な言い方だ。

 だが。

「継続して意思を示す能力を持つ、自律した同行者として認定します。封印、所有契約、強制登録を禁じます」

 アリアが。

 目を閉じた。

 それから。

 小さく頷うなずいた。

「教会は決定を受け入れます」

 ギルド職員が。

 規約を閉じる。

 貴族は。

 割れた印章を睨にらんでいた。

 魔族の男は。

 飛んだ骨片を拾って笑った。

「拒む力はあるらしい」

 エルフの女が。

 若葉を一枚拾う。

「世界樹までの道は、森が示します」

 ミミルが。

 俺を持ち上げた。

「エッグ」

 両手が。

 少し震えていた。

「自分で決められましたね」

 違う。

 最初から。

 決めていた。

 言えなかっただけだ。

 俺は。

 ミミルの手の中で。

 右へ。

 ぶつかった。

 角兎が。

 床を蹴る。

 今度は。

 一度だけ。

 たぶん。

 賛成。

 机の上には。

 五つの契約印が残っていた。

 どれも。

 俺を選んだつもりだった。

 だが。

 選ぶのは。

 俺だ。

言葉を話せなくても、意思がないわけではありません。

エッグはようやく「誰のものか」ではなく、「どこへ行くか」を自分で選びました。